2026年3月17日
2月28日から3月1日にかけてとりくまれた「2026年3・1ビキニデー日本原水協全国集会」に京建労代表として右京支部の大石さん(本部教宣・平和部)と、西京支部代表・高橋さん、伏見支部代表・森下さんが参加しました。京建労からの参加者は28日「全体会」「分科会」・1日「墓参行進・久保山愛吉墓前祭」「被災72年2026年3・1ビキニデー集会」に参加。本部代表として参加した、大石克美さんの手記を掲載します。
【大石さん】
2月28日、3月1日、静岡で開かれたビキニデー集会に参加しました。終戦から9年後の1954年に、マーシャル諸島のビキニ環礁でアメリカが水爆実験を行いました。その威力は広島原爆の千倍ともいわれ、放射性物質が日本はもちろん、アメリカの西海岸にまで達しました。マーシャル諸島にくらす人々の被ばくは非常に深刻なものでした。
また当時、日本の多くの漁船が近海で操業しており、その乗組員たちも被ばくしました。
第五福竜丸もその一隻で、乗組員の久保山愛吉さんが亡くなられました。日本では、この出来事をきっかけに原水爆禁止の署名活動が始まりました。
有権者の半数を超える署名が集まり、その運動は広島での原水爆禁止世界大会へとつながっていきました。被ばくした乗組員には見舞金が支払われましたが、見舞金の金額や扱いの違いが、人々の間に分断を生みました。
本来であれば、皆で国やアメリカに対して声を上げていくべきだったのかもしれませんが、そのような動きは、十分には生まれませんでした。あれから72年。会場に集まった全国の若い人たちが団結し、「核兵器のない世界」を訴えていく姿に、私はとても希望を感じました。
【建築ニュース1284号(2026年4月1日付)】