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【秋山健司弁護士】国政選挙制度を考える(第3回)/「中選挙区制と小選挙区制」

2026年3月17日

【秋山健司弁護士】
俄か解散による衆議院総選挙が終わりました。
2025年のニューヨーク市長選挙で、「民主的社会主義者」のマムダニ氏当選というビッグニュースに力を得て選挙運動を頑張りました。が、結果は…。
日本では戸別訪問が公選法で禁止されているため、電話かけが選挙運動の中心になりますが、なかなか電話がつながらない。つながってもじっくりとした対話ができない、ということでなかなかうまくいきません。
しかしイスラエルによる虐殺が続く中でも海水浴や、マラソン大会を楽しむパレスチナの市民の姿を思い出し、どんな状況でも自分がやりたい、自分がやるべきことを引き続き追求していく必要がある。未来はその先にあると感じ、この原稿を書いています。
今回の総選挙を通じて、あらためて昔の中選挙区制と今の小選挙区制(+比例代表並立制)のざっくりとした対比をしてみたいと思いました。
私が成人して間もない頃の1993年の衆議院総選挙は、中選挙区制でした。これは1選挙区において3から5人の当選人を出す選挙区制度でした。
当時私は東京都杉並区民で、1990年2月に行われた総選挙時に議席を失った松本善明さんの捲土重来をはかるべく、1人でビラを2000枚配ったり、電話かけをしたり、奮闘しました。結果2位で当選。自民党の石原伸晃氏は5位当選でした。「あれだけ頑張っても2位か。でも上位当選できてよかった」というのが当時の率直な感想でした。
当選が決まった夜、地域事務所に来られた善明さんから「司法試験めざすなら、しばらくは勉強に専念した方が良いのではないか。政治と司法では思考のプロセスが違う」と優しくアドバイスしてくださったことを覚えています。
しかしその後、細川政権が政治改革と称して小選挙区制を導入し、様相は一変してしまいました。導入当時は国会まで何度も足を運んで反対しましたが、数の力で押し通されてしまいました。
1選挙区で1人しか当選者がでない小選挙区制のもとでは、どんなに頑張っても2位以下であれば自分達の代表を国会に送ることができなくなりました。
今回の総選挙では、私の選挙区である京都1区で8人もの候補者がいましたが、2位以下の候補は全て落選。結局自民党の候補者が1区という、広い地域の唯一の代表者となってしまいました。
全国各地でも似たようなことで、結果、自民党だけで衆議院の3分の2の議席を獲得しました。市井では自民党の政策に反対の人がかなりいても、国会にその声は反映されず、自民党のやりたい放題のことができる状況になってしまっています。
国会には市井の多様な意見をバックに、多様な政党による議論が必要なはず。私たちは、選挙制度の在り方をもっとよく見つめ、これを変えていく運動も地道にする必要があると感じます。

【建築ニュース1284号(2026年4月1日付)】

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