第48回住宅デー 6月8日(日)
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踏まれるほどに根を強く【第15回】/困難あるところに旗立てて

2026年1月3日

復興支援で助け合う仲間/1953年から現在まで

「困難あるところに旗立てて」。この言葉はすべての要求課題に対する活動に共通する、京建労の仲間たちが大切にしてきた言葉ですが、復興支援の活動はこの言葉を強く感じさせてくれます。
組合史を紐解くと、結成直後の1953年8月「南山城水害」に対して95人の仲間が仕事を休んで1週間にわたり住宅補修などの救援活動を行いました。この活動をきっかけに、井出町に分会組織が誕生し、その後の南部地域の組織化につながる一因になりました。
この際の活動が、災害ボランティアに組合をあげて立ちあがる京建労の伝統の礎となりました。
建築ニュースに残る記録として一番古いものは、組合員にも家屋の全壊・半壊被害がでた1961年の「第二室戸台風」。京建労は執行委員会で、全組合員1人30円以上のカンパ活動を提起し、一報で「四万九千七百十六円のカンパが寄せられました」、続報で「第二次見舞金、合計6万8300円」と報告しています。
 合わせて被害届が出された件数に対して役所が認めた被害件数があまりにも少ないことに対して、行政と団体交渉を行って不十分な調査を認めさせて再調査を約束させ、被害者に寄り添った活動を実践しました。
1995年1月17日に発生した「阪神・淡路大震災」で、京建労の仲間たちはいち早く被災地に駆けつけて、地元「阪神土建」の仲間と協力して、地震発生5日後には救援物資を届けて、2月5日からは毎日曜日に仲間を組織して現地に入り、のべ356人が421軒に防水シートを張る応急作業と、住宅診断を行うなどで被災者を励ましました。
 「阪神・淡路大震災」では全建総連兵庫県連の仲間58人・家族93人が命を落としました。京建労は「大震災救援対策本部」を設置し、「仲間の助け合いという組合活動の原点に立って全力をあげる。建設労働者の社会的役割が期待されている」などとよびかけ。全支部が連日のカンパ活動にとりくむ(短期間に800万円が集まる)など京建労の組織力を発揮しました。
この活動に参加した組合員(青年部現地支援行動もあり)の中から、長きにわたって組合役員として活動する仲間も輩出するという結果をもたらしました。

職人の知恵と力と行動力/災害のたびに被災地へ

2011年3月11日に発生した「東日本大震災」では3日後に緊急四役会議を招集。3月27日に予定していた「建設労働者決起集会」の中止を決断するとともに、「すぐにできることから」と被災者支援に全力をあげるメッセージを発信。3月26日からは先遣隊5人がブルーシート500枚・タオル4125枚・簡易カイロ1600個・家庭用常備薬130セット・ほか6964点を積み込み全建総連宮城県連事務所へ向かいました。
2011年だけで6度の現地支援ボランティアに10支部・本部からのべ75人が参加して、泥だしや片付け作業、仮設住宅の簡易改修などを行いました。「東日本大震災」の現地活動は2013年11月に石巻市でとりくんだ「復興支援住宅デー」まで継続しました。
 近年では、2004年新潟・中越地震、2016年熊本地震、京都府内でおこった水害(2012年南部豪雨、2013年台風18号、2014年北部豪雨、2018年西日本豪雨、2023年台風7号)で、救援活動に立ちあがって、被害にあった仲間や近隣の住民の皆さんを支援しています。
2024年1月1日に発生した「能登半島地震」と、9月におこった「奥能登豪雨」では、不十分な国と県の復興策の中で生活再建がすすまない被災者を支援するために、珠州市での復旧支援活動やカンパ活動、物資を届け炊き出しを行う現地行動を行いました。
震災・災害復旧ボランティア活動は、建設職人の知恵と力と行動力を結集して、日頃の活動で培った団結力を発揮してきた、京建労の大切な歴史です。
その私たち京建労の活動を見た方々は、こう表してくれてきました。「困難あるところに京建労あり」。

【建築ニュース1280号(2026年1月1日・15日付合併号)】

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