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【新連載】地下足袋と軍靴をこえて 建設労組がなぜ平和運動を?その源流をつなぐ①

2022年8月3日

まえがき

 「建設労働者の腕や知識は絶対に戦争に利用させてはいけない。建設産業というものは、平和であってこそ『社会的有用産業』として発展することができる。平和でなければ建設産業は駄目なんだ」
 これは、第二次世界大戦の前から労働組合の結成準備にかかわり、激戦のニューギニア戦線から死線を乗り越えて1946年に復員した建設労働運動の先駆者のひとり、石工の伊藤清さんの言葉です。
 この連載「地下足袋と軍靴をこえて」は、2022年7月15日に開催された、京建労が加盟する全建総連や、出版労連・新聞労連・全損保・全農協労連・全大教などの上部団体をもたない中立組織が、平和憲法改悪に反対する一点で共闘する「憲法労組連」のシリーズ学習会で、全建総連(正垣教宣部長)が担当した「建設業は、平和であってこそ~戦時中の建設業界の実態から」を元に構成しています。(文責編集部)

建設業は平和であってこそ

戦時中の建設産業の労働者が、どのようなことをやっていたのかを、様々な資料の中に残る実態から振り返ります。
そして、戦後の建設労働組合の結成から、全建総連綱領ができる歴史をご紹介します。
大手ゼネコンの有名どころは、江戸時代の末期から明治初期にかけて結成されていきました。明治初期の頃は、「棟梁・親方・職人」という旧態依然とした人間集団でした。
明治中期になると、建築と土木に分かれて、富国強兵・殖産興業の国策にそった公共工事を受注して、積極的に事業を展開していきました。
とりわけ、「土木は鉄道建設」といわれ大手ゼネコンのほとんどが、この時代に鉄道建設を担い、企業の地盤を固めていきました。
日清戦争1894年(明治27)に始まり、日露戦争1904年(明治37)、第一次世界大戦1914年(大正3)と、戦争ばかりしている時代に、建設産業と建設労働者の実態はどうであったのか。
大きく変わっていくのが、1904年(明治37)。日露戦争の開戦時に建設業の戦争協力が本格化していきます。大手ゼネコンの社史を見ると当時の状況を知ることができます。
つづく

【建築ニュース1209号(2022年8月15日・9月1日付)】

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