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【連載】地下足袋と軍靴をこえて 建設労組がなぜ平和運動を?その源流をつなぐ②

2022年9月2日

社史には名も残らぬ大量動員の労働者
大手ゼネコンの社史の中には、戦争協力が本格化していく当時のことがたくさん書かれています。
例えば「大林組百年史」を見ますと、「旅順港閉塞作戦」では、「港の出入り口を閉鎖するための石材調達を大林組が請負って船で搬入するなど、作戦の成否を決める重要な任務を遂行して軍から認められた」や、「日露戦争中は、朝鮮の他、内地(国内)でも軍工事は多忙を極めた」と、多くの建物を受注したことが書かれています。
「鹿島の軌跡」によると「鹿島組が満州(中国東北部)で工事を始めたのは明治38年(1905年)である。日本政府は満州内部への輸送増強を図るため鉄路修復・新設・関連諸工事などを鹿島組に特命で発注した」と、誇らしげに書いてあるのです。
当時の工事というのは機械化がすすんでいませんので、人海戦術で大変危険なものです。多くの犠牲者も出しながら工事をやり遂げたのは、社史などに名前が残ることもない現場で働く建設労働者が、汗水たらして働いていたということです。
1931年には満州事変がおき、翌1932年には傀儡国(満州国)が誕生する中で、大変な建設需要が朝鮮半島でおこっていきました。首都新京をはじめ、奉天・大連・ハルピンなどの主要都市の建設、満州鉄道や軍施設、さらには資本の進出による工場の建設などで、工事量は飛躍的な拡大が続きました。
この時代、大手建設企業は「国策に順応する使命遂行のため」という名目で、社員や建設労働者を動員しますが、圧倒的に人手が足りませんので、現地召集と称して、大量の朝鮮人の労働者を強制連行も含めて動員して、膨大に膨れあがった建設工事に対応していったのです。
そして太平洋戦争が始まる1941年には「軍建協力会」、1942年に「施設協力会」という組織ができ、軍工事への協力体制を確立。東南アジア諸国にも進出していきます。「間組百年史」では「これは事実上、陸軍工事の配分・配当機関であって、軍事要請による諸工事についてはもはや入札請負工事の時代が終わったことを明確に示すメルクマールになった」と記しています。「鹿島建設―百四十年の歩み」では「太平洋戦争の開始に伴い、南方方面にも進出した。(中略)『鹿島の突貫工事』として称賛された」とあり、「西松建設創業百年史」では「昭和11年初頭から20年8月までの(中略)業績は、創業以来の高水準に達したのである」と振り返っています。
大手建設企業は、アジア諸地域への侵略を飛躍の時代として「帝国主義とともに発達した」歴史があるのです。

【建築ニュース1210号(2022年9月15日付)】

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