2022年2月18日
【本部・松原書記次長】
関西建設アスベスト京都2陣訴訟の第25回期日が、2月4日に行われ、31人の仲間が参加しました。
今回は遺族原告の阿久根さんが法廷に立ち、亡くなった孝男さんの状況や思いを話しました。
尋問で文子さんは、孝男さんが粉じんを浴びながら作業をした日には、「体がチクチクする」と帰宅後に風呂場で作業着を脱いですぐにお風呂に入っていたこと、仕事が好きでよく家の修理やリフォームを「阿久根さんで」と指名してくれる施主さんもいたことなど、生前の姿を詳しく語りました。
また2013年ごろから具合が悪くなり、少し動くだけでゼェゼェと肩で息をしはじめ、自宅から徒歩3分ほどの駐車場まで行くのにも休憩しながら歩いていたことや、お弁当でさえ「重くて運ぶのがつらい」と漏らしていたとアスベストによる肺疾患の影響が出ていたことを話しました。
その後、孝男さんは酸素ボンベを付けるようになりましたが、「酸素濃度をあげろ、あげろ、苦しい」と何度も訴え、話ができなくなったのちに亡くなったと証言。最後に「アスベスト被害の相談窓口や支援体制について手厚くなることをのぞみます」と訴えました。
尋問終了後には新島会館で報告集会が行われました。尋問を担当した津島弁護士は「孝男さんを亡くしたご家族が『死因はアスベストではないか』と思い、あちこちに相談に行ったが『死因は別』と言われ、最後にたどり着いたのが京建労だった。だから同じように悩んでいる人がなくなるようにと原告になった」と今日までの経緯を紹介しました。
京建労本部から行動提起を行った酒井書記長は「建材メーカーは、まだ解決しようという姿勢を見せていない。全国で3陣提訴を準備している。企業を包囲し、社会的責任をとらせよう」と訴えました。
今回の期日後に6人の原告と国との和解が成立しました。
【建築ニュース1198号(2022年3月1日付)】