2026年3月17日
関西建設アスベスト京都4陣訴訟の第8回期日が、3月5日に京都地方裁判所で行われ、京都府内各地の支部などから80人の支援者が駆け付けました。
今回から4陣は遺族原告への尋問が行われることとなり、故森順一さん(西京・内装)の妻・敬子さんと、故皿谷徳行さん(洛南・大工)の妻・牧さんが法廷に立ちました。
敬子さんの尋問には谷文彰弁護士が原告側の尋問に立ち、順一さんが肺がんを発病してから亡くなるまでのようすや、死亡後に認定された労災などについて質問しました。
床やカーペットの張り替えをメインに仕事をしていた順一さんは、2021年10月に体調不良を訴え、大腸がんとともに肺がんであることが発覚。抗がん剤による治療などを続けてきましたが、無念の思いを抱えて亡くなってしまいました。
尋問で闘病のようすを尋ねられた敬子さんは、「お風呂の水圧でさえ息が苦しくなるほどで、眠るときは布団をかけて寝ると重くて息ができなくなるので、部屋をカビが生えるくらい暖めて過ごしていたほどです」と闘病の壮絶さを語りました。
また京建労のすすめから生前に労災申請をするも認められなかった件について敬子さんは、「本人は経済的に苦しくなったことをとても気にしていました。認められなかったことを聞いて、とても残念がっていました。亡くなってから『はっきりさせたい』という本人の意思を尊重して解剖を行い、肺がんはアスベストが原因として労災認定されました。認定はされましたが、本人の無念を思うとただただ残念でならないです」と、裁判長をしっかりと見つめながら話しました。
牧さんへの尋問には秋山健司弁護士が立ち、徳行さんの現場でのようすや、肺がんり患から亡くなるまでのようすを質問しました。牧さんも徳行さんが独立後は時おり現場の手伝いをしていた経験から、アスベスト含有建材の加工を徳行さんが行っていたことなど、その目で見たことを丁寧に答えていました。
牧さんは尋問の最後に「趣味は大工だというほど、仕事が大好きだった夫。夢は孫の家を建てることだったのに、夢叶わず亡くなってしまった。本当に石綿が憎い」と無念を語りました。
尋問終了後は弁護士会館に場所を移し報告集会が行われ、他の原告や支援者、弁護団から尋問に立った2人にねぎらいの言葉がかけられました。
【建築ニュース1284号(2026年4月1日付)】