アスベスト闘争

闘争10年 建設アスベスト京都訴訟/積み重なる いのちの灯

2021年1月3日

 2011年6月、京都地裁に11人の建設従事者と遺族が、国と建材メーカーを相手どり、謝罪と賠償を求める訴訟をおこしました。
 「建設アスベスト京都訴訟」。原告団結成時に手を重ね、勝利を誓いあった団長や副団長はもう誰も生きてはいません。しかし彼らが燃やしたいのちの灯は、私たち建設従事者と家族の心にくべられ、怒りの業火となって国とメーカーに迫っています。
 闘争10年。最高裁判決を前にたたかいを振り返ります。

故・寺前団長を先頭に11人の原告で始まった同訴訟は、5回の追加提訴を重ねて原告数は27人となり、2015年6月に結審されました。「原告の仲間たちは代表選手」この言葉をスローガンに、京建労でも裁判勝利に向けた運動を展開しました。「京都地裁あて公正判決を求める署名」がその代表的な運動です。街頭や現場、近所や仲間のつながりを生かして対話と署名集めを行い、開始から1年4ヵ月で56万筆を集める大運動となりました。
2016年1月に同訴訟は判決を迎え、国に対しては全国で4度目、建材メーカーには初めて責任を認める画期的な判決が出されました。
双方の控訴後、2018年8月に同訴訟の大阪高裁控訴審判決が出され、全国で初めて国と企業に勝利し、一人親方も救済する「全面勝利判決」が出されました。同訴訟は現在、たたかいの場を最高裁に移し最後の判決を今かと待っています。
2陣訴訟は2017年1月に19人の原告が京都地裁に集団提訴。2020年3月には新たに10人が追加で提訴し、10月には18回目の期日を迎え本人原告が尋問に立ち、早期解決を訴えています。


 

最高裁での判決を前に、原告としてアスベスト闘争の最前線でたたかう原告仲間の声を聞きました。

人生狂わすアスベスト/誇りある建設業を守る

【1陣遺族原告・義経さん】
夫・大作は2011年12月に中皮腫で亡くなりました。経済発展のための人柱にされた夫。人のいのちの上に立つ経済なんてあってはならない、そう思い原告になりました。
被害を受けている人はみな、真面目に働き、普通の生活をしていた人たちです。国と企業のせいで、被害者とともに家族まで人生を狂わされたのです。被害者と遺族への謝罪と補償、そして未来の若者たちのためにも基金の設立を望んでいます。
夫が勤めあげた建設業は誇りある素敵な仕事です。この訴訟はその誇りを守るたたかいでもあります。ご支援お願いします。

【2陣本人原告・清水さん】
2020年10月の第18回期日で尋問に立ちました。宣誓書を読み上げるときには緊張しましたが、傍聴席の最前列に妻がいてくれたので、とても頼もしかったです。
 同じ日に尋問を受ける予定だった原告仲間が、前日に亡くなられたと当日に聞き、本当にショックを受けました。私たちには時間がないんだとあらためて実感しました。
裁判では被告弁護人から「なぜ国や企業を訴えて、実際に使用させた事業主を訴えないのか」ととんでもない質問を私にしてきました。この期に及んで、国と企業は流通責任を認めようとしていないのです。多くの人のいのちを奪っておいて、その態度に心底怒りがこみ上げてきました。必ず勝ちたいと思います。
2陣もまだ期日は続きます。傍聴などぜひご支援をお願いします。

【建築ニュース1175号(2021年1月1日・15日付)】

一覧に戻る

特集

  • 京建労住宅デー
  • 若者に魅力ある建設産業に