ナビゲーションをスキップ
 

住民脅かす米軍基地

授業ができない高校

煙幕降る騒音のグラウンド

 日本国内にある米軍専用施設の74.3%、約222km²が沖縄に集中しています。中でも、沖縄本島約2割の土地が米軍の占有地として使われています。
 12月4~6日、全国革新懇の沖縄基地シンポジウムツアーに、京都から3人参加。同ツアー行程では、シンポジウム参加の他、米軍基地や戦跡などを見学。
 12月5日午前、北谷町議員の中村重一さんが嘉手納基地と普天間基地の現状を案内しました。


 嘉手納基地の平日は、2本ある滑走路で、数百機が1日の内に何度も離着陸を繰り返し、騒音をかきたてています。
 基地のすぐ近くにある嘉手納高校では、授業中のグラウンドに、白や黄色の煙幕が降ったり、騒音で授業進行ができないなど、妨害にあっています。
 市民生活を妨害しているにも関わらず、米軍の経費、電気代や水道代、合計40億円にもなる「思いやり予算」が投入されています。
 また、地元には騒音など、基地被害で町に住み続ける若者が減り、高齢化がすすんでいます。

世界の状況 日本一早く分かる

嘉手納基地から飛び立つ米軍機

 普天間基地の滑走路が見える高台に移動し、普天間の滑走路付近でヘリの墜落や、住宅や学校の真上を飛びまわる騒音問題などが報告されました。  中村さんは、「嘉手納や普天間を見ていると、湾岸戦争の際にも飛び立つ回数がふえました。世界のどこかで何かがあった場合、日本一早くに分かるでしょう」と言います。  湾岸戦争や、イラク戦争が激化する中、土日も関係なく、連日深夜まで実践向けの訓練が行われました。  そんな中、普天間のすぐそばの沖縄国際大学に、2004年8月13日午後2時18分ごろ米軍ヘリ墜落事故が発生。それも激化した訓練で、疲労が蓄積した整備士のミスが起因。
 沖縄本島の基地内には総合病院、ゴルフ場などがあるものの米軍用。
 嘉手納基地の管制塔は、米軍機だけでなく、民間機の離着陸も管理しています。
 嘉手納には、岩国や自衛隊向けの空中給油機、約20万tの弾薬が保管され、グアムへも運ばれます。湾岸戦争の時も、ここから弾薬が運ばれました。
 1950年代には「核」が分解された状態でありました。追求し明瞭にするだけでなく、平穏な生活ができるよう、基地を撤去する必要があります。

日本のどこかでなく

海兵隊はグアムへ移転を

辺野古を守ろうと数々のメッセージが浜辺に

 12月5日午後、沖縄コンベンションセンターにて、全国革新懇などが主催する基地問題シンポジウムが行われ、県内外から630人余りが集まりました。  開会に際し全労連・大黒作治議長は「2010年は日米安保50年。日米関係を見直す機会」とのべました。
 普天間基地がある宜野湾市の伊波洋一市長は「2004年市内の大学にヘリ墜落後も、民家の上を日々飛んでいます」と現状報告。
 米軍連邦航空法は、米国内外の米軍機が飛ぶ滑走路延長上は危険性が高く、何も建造してはならない区域を規定。しかし、普天間はそれが約900m外に出ており、そこに小学校など公共施設が18、住宅100戸があります。
 1996年のSACO合意、2006年の「再編実施のための日米のロードマップ」で、海兵隊9000人が2014年までに、グアムへ移転が決定し、伊波市長が現地を視察。米軍側は普天間の全てを引き受ける話が、帰国後日本政府には「そんな事実はない」と返されました。

通路いっぱいまでうまったシンポジウム会場の人々

 最後に市長は「現地は受け入れの余地がある。基地は日本のどこかでなく、グアムへ移転を」と訴えます。
 日本共産党・志位和夫委員長は、「米軍機が関わる事故は5~10年前144件だったのが、直近5年間では212件に増加で被害が拡大しています。いつ被害が出るか分からない現状は、基地の即閉鎖と撤去で打開を」と語り沖縄だけでなく、日本の問題としたとりくみをよびかけました。

2058日 座り込み

ジュゴンの海に杭打たせない

複数の地元の方々の話を聞きながら座り込みをする参加者

 12月6日、普天間基地の移設先候補の1つ、辺野古へのシンポジウムツアーが行われました。
 2004年4月19日の座り込みを開始してからこの日で2058日目。今日まで、杭1本打つことを阻止してきました。
 米国連邦地裁に提訴されたジュゴン訴訟で出たV字滑走路の話は、政府が住民や、国民に説明していた内容と全く違うものでした。
 辺野古・大浦湾海域では、住民や専門家から批判と抗議が上がり、珍しい生物やジュゴン、クマノミなどが住むきれいな海を守るため、県内外からの支援者がふえたそうです。
 しかし、地元住民の中で、自らの意思表示をすることが難しいケースもあります。
 地域の中で、基地があることによって生計を立てる人も多く、反対の意思表明することが原因で、いわゆる「村八分」にされてしまい、自営業者であれば、仕事が回してもらえなくなりかねないと言います。
 座り込みをしていた田仲宏之さんは、「基地をどうするかと、決めるのは沖縄でなく、東京にある国会です。みなさんの地元選出の国会議員さんに、基地問題をどうか訴えてください。政治家へは、それぞれの地元からの声こそが、効果的なのです」と、真剣な眼差しで話します。

東村高江ヘリパット建設反対 自然と生活守る

自然遺産のヤンバルにヘリはいらない

伊佐真次さん・郁子さん夫妻

 シンポジウム会場に、東村高江のヘリパット建設反対運動にとりくむ、伊佐さん夫婦の姿がありました。  SACO合意で、基地縮小、県民の負担減が謳われましたが、使わないヘリパット2つ分を返還、代わりに高江に6つのヘリパット建設が決定。2007年7月に工事着工の話と同時に座り込み開始。5世帯で仕事や家事の合間に今も続けています。  妻・郁子さんは「沖縄本島北東部の高江周辺『ヤンバル』は世界自然遺産。珍しい生物が多数生息する地域です。この緯度で森が残るのは沖縄だけです」と地域の特徴を説明します。  高江の米軍ヘリパット建設案により、ヤンバルの自然と、住民160人の生活が危険に晒されます。  ヤンバルの5つのダムは県民の生活用水の6割を担っています。もし、ヘリが落ちたら、付近だけでなく大きな被害に。
 また、ベトナム戦争の頃からこの辺りでは、ジャングル戦を想定し訓練が行われています。木々をなぎ倒す程の低空飛行を繰り返し、騒音はもとより、操縦士の顔が見える至近距離を飛ぶこともあるそうです。人がいる区域でも、飛行訓練は深夜にまで及びます。中には、崖の上の家に住む人が、窓を開けていたところ、崖下からヘリが浮上し、演習中の銃口が向けられていたという住民もいます。
 高江では、現在も住民の生活とヤンバルの自然を守るための活動にとりくんでいます。

Clip to Evernote  Check