戦時中、大きな空襲はなかったという京都においても、戦争の影響は多大に受けていました。一つに、五条通り沿いの建物疎開があります。民家、商店の別なく、さらには寺院に至るまで、短期間で退去を迫られました。その建物疎開以前のようすの復元作業を重ねる人々がいます。

7月27日、昨年の戦争展に展示後に集まった情報をまとめるため、京都市下京区の民家に5人の仲間が集まりました。3年前から続ける、下京区五条の建物疎開の記録のためです。
京都の戦争展で展示した、最初の地図が共感を得て、翌年、生協の地域の平和クラブから仲間がふえました。
今年も行われる、戦争展に向け作業の大詰めです。
地図には、川端通りから、大宮通りまで描かれています。大きなテーブルを3つ並べようやく広げられる長い巻物です。
頭を突き合わせて地図を見て、書き加える情報を確認していきます。
「楊梅通りはもっとこっち?」、「ここら辺は、ずれていますね」と、当時の航空写真を確認しながら作業します。