1950年代当時は、建設業で働く職人は「道具を持っているから」という理由だけで、事業税がかけられていました。戦後の権力的な徴税に加えて、職人・親方という上下関係のもとで「職人に事業税をかけるな」の運動がわきおこりました。「死んでも(税金を)払え」という税務署の家財道具差押えとのたたかいの中で、18人の大工が集まって「全京都自由労働組合・大工支部」を結成しました。これが現在の京建労の始まりです。1950年7月20日のことでした。