福知山市三和町にある大原神社のすぐ近くに、大正時代まで神社の周辺集落に住む人がお産の際に使っていた、切り妻屋根で天地根元造の小屋・産屋が今も大切に守り伝えられ、残されています。
大原神社の宮司・林秀俊さんは「常の生活をするところから、神様がおられる命の源の川の流れを挟んだ対岸は神様や、先祖に近いところの象徴」と説明します。
そこにあるのが、京都府指定有形民俗文化財の「大原の産屋(うぶや)」です。
利用していた当時のようすを林さんに聞くと、「陣痛が始まると、橋の無い川にはしごを掛け、踏み板を置き、夫婦で産屋へ渡ってきます。そして、夫婦で子どもが無事に産まれてくるようにと祈願し、食事を運んだりと、夫が妻の世話をして7日7夜ここで過ごします」と。
産屋の入口は、大原神社の本殿に向けられており、戸がありません。
中は、土間仕立てで、およそ畳3畳分の広さ。お産の際には、12把のワラを敷き、出入り口に古鎌を魔除けとして掛けます。
「日本人の魂の再生といった、人は死ぬと土にかえり、また再生し、この世に生まれ変わるという思いから、大地に触れ命を授かるようにと作られたようです」と、緑深い山を見つめながら話します。
また、この産屋の土間の砂を「子安砂」と言い、昔から安産祈願にと、この地域以外でのお産のため、公卿や諸侯も、大原神社に参詣し、子安砂を持ち帰ったそうです。宇治から103回もお参りし、奉納された絵馬も残っています。
現代も安産を祈願して、二代三代と、妊婦がこの砂を授かろうと、参詣に訪れています。
