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いずれも(京都地裁101号大法廷)
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たんぽぽの会

「私たちで最後にしたい」 / アスベスト被害を絶やすためたたかう

2013年5月15日(水)
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1018-1-6.JPG 京都建設アスベスト訴訟は4次提訴に原告として立ちあがった山科支部の小林栄一郎さんを含め、5人の新たな原告が加わり25人の原告団になりました。今回、原告に加わるに至るまでの小林さんのお話を伺いました。


国は責任認めなあかん / 使用命じた国は被害者救済を

 「息苦しいな」とは思いつつも仕事を続けていましたが、現場で動けないほどに息苦しくなったのが、3年ほど前のことです。組合に顔を出すと、仲間に「病院に行け」と言われて、2010年4月に病院へ行きました。

 当初、かかりつけの病院ではアスベストが原因とは言われませんでした。
 しかし、2012年6月労働学校での海老原医師の講演を聞いたことと、本部の酒井書記次長のすすめもあり、石綿肺の専門である大阪の水嶋内科クリニックを訪ねました。
 この診察をきっかけに、かかりつけ医からも労災申請に協力を得られ、労災認定がおりました。

 国がアスベストを含む素材の使用を決めて企業に製造させて、1968(昭和43)年頃には、アスベストを使用しなければ仕事ができない状況でした。使用を命じた国が責任を認めなあかんと思います。
 当時は怖いとか何も思わなかったけれど、今考えたら、アスベストを混ぜると安価だからでしょうが、コストだけをみていたのかと思うと納得がいきません。

労災の認定基準 / 厳し過ぎるのが問題の一つ

 労災認定がおりたのは「運がよかった」と思えるほどに、自分以外にも苦しんでいる人が多くいます。
 その中には、労災認定がおりない人までいます。国の労災認定基準が厳し過ぎるのは問題の一つです。
 アスベスト被害の苦しみは、なった者しか分からんもんです。現実に苦しみにまだ陥っておらず、怖さを知らない人がいるかもしれませんが、仲間のみなさんには一日も早くアスベスト検診を受けてほしいです。
 この苦しみは、これ以上他の人にはしてもらいたくないです。

 

がんばろう 小林さん / アスベスト運動は山科支部の歴史

 【山科・野添労対部長】
 山科支部では、早くからアスベストの危険性を知り、仲間に知らせる活動を行ってきました。仲間のいのちを守る運動にしようと努力してきました。
 今回、小林さんのような身近な仲間が被害に苦しんでおられること、さらに原告団の一員として仲間の先頭に立ってくれたことは、多くの仲間に知ってほしいし、応援しなければと思います。
 昔の職人は手ぬぐい一枚でほこりまみれの作業を強いられてきました。
 私の分会では、討論の結果、カンパ目標を分会会計で対応することにし、原告団を支えようと話し合っています。

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