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いずれも(京都地裁101号大法廷)
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たんぽぽの会

石綿裁判「がんばりたい」 / 遺族原告と支える仲間

2012年3月 6日(火)
カテゴリ:
 関西建設アスベスト京都訴訟の、二次原告として裁判に立ちあがられた、堀江さん(遺族原告)と、堀江さんのご主人が所属していた、左京支部の平山支部長にお話を聞いた。

992-2-2.jpgアスベストがなかったら / 主人は死ななかった

【堀江さん】
 亡くなった主人(右写真)は、家で仕事のことを話さない人で、こういうのが「職人肌」っていうのかなと思わせる人でした。
 私は、アスベストというものも、工務店さんが関わる仕事で、電気工事は関係ないと思っていました。
 アスベストが原因だと認定されてから「そういえば」と振り返ると、小柄な人だったので「いつも屋根裏とか狭い所に入る」と言っていたのを思い出します。
 責任を求めている国と企業が、自分たちは危険性を分かりながら使用していたのに、責任逃れをされるのに対して悔しい思いをしています。アスベストがなかったら主人は死ななかった。
 タバコも吸っていましたから心配して「検査を受けてほしい」とずいぶん言いましたが、「自分の家系にはガンになったものは一人もいない。大丈夫」と言っていました。もっと早くに健診を受けていたら、早期発見できたかもしれないと悔やまれます。
 一緒に裁判をたたかっている人の中にも、早期にガンが見つかって、治療を続けながら命をつないでいる姿を見ると、末期になる前に治療することが大事だと思います。
 裁判の時は、支部の人が来てくれて、組合は辞めたけれど「これからも仲間や」と言ってもらって、ありがたいなぁと思いました。力になります。
 原告団に入る時には「長期間になる裁判で、自分自身の体が持たないのじゃないか」と言って、家族が心配してくれていましたし、すんなりと原告になったのではないのです。
 そんな中で「たんぽぽの会」の日帰りバス旅行に参加したのですが、バスでたまたま横に座らせてもらったのが、遺族原告でがんばっておられる北村さんでした。北村さんのお話を聞いたり、治療をしながらがんばっておられる原告の人たちに出会って、「自分もがんばろう」という気持ちになりました。
 これから、みんなと一緒になって頑張っていきたいです。

 

992-2-1.JPGアスベスト裁判の原告は / 俺らのために立っている

【左京・平山支部長】
 堀江さんの奥さん(写真右・左が平山支部長)の気持ちを考えると、ご主人が亡くなってしばらくして、やっと気持ちも落ち着いてきた中で、裁判に立つ一歩を踏み出されたのではないかと思います。
 これは簡単なことではないです。その気持ちにこたえて行動しなければいけない。仲間として当然のことだと思っています。
 自分の支部に、明確な被害者が出て亡くなり、奥さんが原告となられたのは、支部にとっても大きなこと。しかし、どの支部の仲間だろうと同じことです。
 今後、裁判がすすむ中で、原告の後ろには大勢の仲間が居るという姿を見せていかなければならない。それが自分たちの代表としてたたかう原告のみなさんに、自分たちができることです。
 アスベスト裁判は「俺らのために立っている」のが原告のみなさん。誰も、お金のためにはやっておられません。原告のみなさんの、行動の意味・その気持ちをよく考えてほしいと思います。
 左京では、裁判傍聴などの際には、一部の役員だけでなく、参加者を交代して、実際のたたかいの姿を見てもらうようにしています。
 アスベストが危険なものだと分かっていながら、現場で働く労働者には知らされていなかったことに、大きな問題があります。危険なものとして、取扱いの教育だけでも受けていれば、ここまで被害は広がっていないのです。
 今後に向けて、建設の仲間はもとより、地域の他の労組や、つながりのあるみなさんにも、アスベストが使用され今も残っている町に住まう住民同士として、この裁判への協力を訴えています。

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