1883年(明治16)からあいついで建てられた彰栄館・礼拝堂(チャペル)・有終館などは、今出川校舎群の中でもとくに古い洋館校舎で、国の重要文化財に指定されている。今回修理にあたったのは彰栄館で、現在は同志社中学校の施設として、校長室・職員室などが入っている。
私(細川)は、寺社など木造建築物の修復には長年の経験があったが、レンガ造の建物の修復は今回がはじめてだ。どうなることやらと不安が半分、初挑戦という意味でも気負いも半分で1980年(昭和55)に着工した。
修理は建物のレンガ壁を保存するため、内部に鉄骨枠組を挿入するというものだった。外壁の内側と、間仕切りの土壁の内側に沿ってH鋼を組立て、大型のラーメン構造体をつくり、厚さ4ミリの耐震鉄板を鋼柱間に設けて補強。外壁の目地の空いているところも補修。破損のひどい箇所は、一部レンガを差し替え、窓のアーチ部分は慎重にレンガを積み直した。
大壁から現れた竹と細縄の壁下地
彰栄館は、アメリカの宣教師、ダニエル・クロスビー・グリーンの基本設計により、上京の大工棟梁、小嶋佐兵衛らにより施工されたことがわかっている。
また床や天井をはがしていくと、根太組み・小屋組みに、日本古来の継ぎ手の技術が見られたほか、漆喰の大壁の中から、竹と細縄で編んだ壁下地まであらわれた。洋風の外観の中に、しっかりと在来工法が活かされていることからも、当時の京都の職人たちの活躍がわかる。
教室の一階天井から二階床板までの空間には、大鋸くずや籾殻などが敷き詰められていた。これは防音と断熱の効果をねらった工夫だ。このように彰栄館は、日本の先人がうみだした知恵を生かした、日米合作の名建築といってよい。