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「文化財の修理の現場から」は「建築ニュース」671号(1997年2月)~705号(1998年9月)まで連載された記事です。記事の内容は「建築ニュース」に当時掲載されたままになっています。ご了承下さい。

同志社 彰栄館

1998年4月15日(水)
建築ニュース696号より転載

日本の技生きる洋館

13-1.jpg1883年(明治16)築の彰栄館は、校内最古の洋館校舎。外壁レンガは「アメリカ積み」だが内部構造に日本建築の技法を秘めている。

 京都御所の北、赤レンガの近代建築物が建ちならぶ同志社。この学園は1875年(明治8)、新島襄、山本覚馬の両者によって創立された「官許同志社英学校」が始まりで、現在の同志社は小・中・高校、女子学園から大学までを有する関西を代表する名門校である。

13-2.jpg旧教室の天井裏には、保温と防音の効果を高めるためか、おがくずや鉋くずがぎっしりと敷きつめられていた。

 1883年(明治16)からあいついで建てられた彰栄館・礼拝堂(チャペル)・有終館などは、今出川校舎群の中でもとくに古い洋館校舎で、国の重要文化財に指定されている。今回修理にあたったのは彰栄館で、現在は同志社中学校の施設として、校長室・職員室などが入っている。

 私(細川)は、寺社など木造建築物の修復には長年の経験があったが、レンガ造の建物の修復は今回がはじめてだ。どうなることやらと不安が半分、初挑戦という意味でも気負いも半分で1980年(昭和55)に着工した。

13-3.jpg同館内部に頑丈なH鋼の枠組みに鉄板をわたし、外壁を補強する。

 修理は建物のレンガ壁を保存するため、内部に鉄骨枠組を挿入するというものだった。外壁の内側と、間仕切りの土壁の内側に沿ってH鋼を組立て、大型のラーメン構造体をつくり、厚さ4ミリの耐震鉄板を鋼柱間に設けて補強。外壁の目地の空いているところも補修。破損のひどい箇所は、一部レンガを差し替え、窓のアーチ部分は慎重にレンガを積み直した。

13-4.jpg大壁の中から現れた竹の下地

大壁から現れた竹と細縄の壁下地

 彰栄館は、アメリカの宣教師、ダニエル・クロスビー・グリーンの基本設計により、上京の大工棟梁、小嶋佐兵衛らにより施工されたことがわかっている。

 また床や天井をはがしていくと、根太組み・小屋組みに、日本古来の継ぎ手の技術が見られたほか、漆喰の大壁の中から、竹と細縄で編んだ壁下地まであらわれた。洋風の外観の中に、しっかりと在来工法が活かされていることからも、当時の京都の職人たちの活躍がわかる。

 教室の一階天井から二階床板までの空間には、大鋸くずや籾殻などが敷き詰められていた。これは防音と断熱の効果をねらった工夫だ。このように彰栄館は、日本の先人がうみだした知恵を生かした、日米合作の名建築といってよい。

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