建造は1653年(承応2年)、江戸時代のはじめ、いまから約340年前。伽藍の中には天井に狩野探幽筆の雲龍図があることで有名は法堂(はっとう)、大方丈、浴室そして三門など重要文化財指定のものが多く、また、現在は法堂の中で保管されている妙心寺鐘は国宝指定である。
建立当時の姿に復元
細川さんは、3年前からかかって今ようやく完成間近になった大庫裡の修復工事について「200年ほど前の改築で瓦葺きになり、煙出しも一つになっていたものを、この修理では柿葺き(こけらぶき)に復原して煙出しもあった通り二つ、小庫裡にも一つというふうにもとにもどしたんです」というお話で、その発端は大梁(おおばり)が雨もりなどで腐り瓦屋根の荷重に耐え切れなくなっていたのを取り替えることだった。
建物の上部を解体せずに入れかえをするのだから外すのは切断しながら外しても、入れるのが大変な難工事だった。なにしろ約3トンもある材だから苦労しておさめて下の束(つか)を切ったり、小屋組みも根継ぎをして元通りにして、煙出しの屋根下側や内部をしっくい塗りをしてようやく完成になった。
「柿葺きの屋根は寿命が一番短いですね。約25年くらい。こうした復元は寺の意向と古文書に照らしあわせ、国の専門委員が審査してきめるんです」と細川さんは大修理のあとを振りかえる。
反りは縄だるみの加減で
新しくなった屋根、軒、破風などの曲線は、柿葺きだととくにあたたかく優美に感じられる。
「この反りは、縄だるみの加減で出します。昔は、もともと縄をはってその一番よい縄のたるみ曲線できめたんでしょうね」と細川さんはルーツを語る。
「屋根下地の仕上がり線も葺材によって変わります。柿葺きや銅板葺きは、下地の形が正直に現れるので正確に仕上げなければね。とくに箕甲(みのこう)はむずかしい。檜皮葺き(ひわだぶき)や瓦葺きの場合は、それぞれ檜皮や葺土の加減で調整はできるんだが」と細川さんは話す。
若い人にも学んでほしい
「庫裡は坊さんらの生活の場ですから、法堂などとはちがいつくり方や使い方は工夫されています」と細川さんが他の解体修理の現場でも出あう例で説明するのは、その建物が果たしてタタミ敷きであったか、板張りであったかということを推しはかることである。
タタミは六尺三寸。部屋の柱の心から測るから次の柱までの寸法が合っていれば、タタミ敷きとわかる。結局柱が決め手となってくるわけで、生活のにおいが古建築の中からただよってくる。解体復元、修理の現場は、江戸時代に至る千数百年の間に生きた建築職人たちの息づかいが、ときには落書きや古文書の記録をともなってよみがえり、その姿までが生きかえるような気がして感動するのだとこの道50年の細川さんは語る。
「当時の職人さんの汗して働く姿に頭が下がるんです。若い人にも学んでほしいですね」と結んだ。