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1960年代 / 職人を守る社会保障 / 仲間で守る日雇健保

2010年4月19日(月)
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 1960年代当時は、建設労働者・職人の社会保障と言えば、戦後、全国の建設労働組合の運動によって得た日雇健保と一人親方労災保険の適応だけでした。
 1964年3月、当時の厚生大臣が、赤字を理由に日雇健保の廃止を打ち出すと、全建総連などは日雇健保廃止反対を要求し、日雇健保共闘委員会を結成。

 また京建労では、同年6月に円山音楽堂での日雇健保危機突破大会に2800人が結集。当時、組合現勢5400人。
 再三にわたる日雇健保改悪案に対し、反対運動にとりくみながら、精力的にさらなる仲間ふやしにとりくんでいきました。

 

一晩で34、35人ふえた / どんどん現勢ふえていた
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 1960年代、日雇健保廃止案や、改悪案が飛び交う頃、日雇いで働く職人も多く、毎日役場に行き日々の仕事場を見つけ、組合では「職人を紹介してくれ」と言う仕事の声かけもあり、職人さんの生活にも活気のある時期で、健康保険を求める仲間も多く、どんどん仲間の数がふえていった時期でした。
 西京区ができる前、現在の西京支部が「右京南協議会」だったころから京建労に所属する、服部巖さん(71・左官)は、現在まで家族ぐるみで組合活動にとりくむ仲間の一人です。
 服部さんは、「40~50年くらい前の、1960年代は、日雇健保の廃止案が出た中で、廃止反対の運動もすすめながら、仲間ふやしにとりくんだ」と言います。
 また、「一晩で34、35人の加入用紙が集まった日もあったし、年に100人くらいふえていっていた。なかには、職人で55、56歳まで健康保険を持ったことがなかった人も組合加入をきっかけに保険を持つようになった人もいた」と話します。

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