アスベスト闘争

建設アスベスト災禍/生きる権利侵す国とメーカー/闘争今なお続く

2018年1月3日

 不燃・耐火性に優れ、安易に加工できたことから「奇跡の鉱物」とよばれ、建材として使用されたアスベスト。しかしながらアスベストを含んだ粉じんを吸入・暴露したことから肺がんや中皮腫などの健康被害が続発し、2006年に原則使用禁止となりました。その被害者の多くを占めるのがわれわれ建設従事者です。
アスベストの有害性を知りながら使用を義務付けた国と、流通させ続けた建材メーカーを相手どり、2006年5月に東京地裁で被害者や遺族が賠償と謝罪を求めて提訴しました。京都でも2011年6月に11人の原告で京都地裁に提訴。その後、京都地裁判決や2陣の提訴を経て、現在では46人の原告で大阪高裁と京都地裁で争われています。提訴から6年半。立ち上がった原告のうち、11人がすでに亡くなっており早期の解決が望まれています。

 

提訴から6年半 たたかい続ける原告

 11人で始まった1陣訴訟は2016年1月、5年7ヵ月の審議を経て判決を迎え、全国でははじめて、国とともに一部の建材メーカーの責任を認める画期的な判決となりました。
判決を迎えるまでに多くの仲間が志半ばで他界し、遺族がその遺志を継ぎ本人原告とともに法廷で無念を訴えました。原告団の固い決意とともに、弁護団の緻密な立証、原告を支えに支えた仲間の奮闘が導いた勝利判決でした。
しかしながら一人親方への補償など原告の主張が全て認められたわけではなく、原告・被告とも大阪高裁に控訴。現在大阪高裁で控訴審が審議中です。同訴訟は2月9日に結審され、判決を迎えます。
 2017年1月には19人の原告(被害者単位では16人)が国と建材メーカーを相手どり京都地裁に提訴。2陣となる訴訟が開始されました。
同時に行われた記者会見には共同代表の北村さん(故勝彦さんの妻・右京)と中村さん(故三代二さんの息子・醍醐)たちが出席し「亡くなった家族の無念を晴らしたい。アスベスト被害の残酷さを知ってほしい」と訴えかけました。
2017年11月に行われた第4回期日より本人尋問が開始され、佐藤さん(乙訓)が証言台に立ちアスベストにより傷めつけられた苦しみを裁判官に訴えました。
次回期日は1月25日に行われ、長谷さん(伏見)が本人尋問に立ちます。

【建築ニュース1115号(2018年1月1日・15日付)】

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